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M&A交渉における意向表明書の提示 ~ビジネスデューデリジェンスの論点 Part3~

 

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今回は、前回に引き続いて、一般的な買収プロセスとビジネスデューデリジェンスについて考察してきたい。今回は、実際に初期的なアプローチを終えた後、具体的なディールに進む際に必要な意向表明書の提示について詳述していく。

 

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【買収プロセス(ディールの開始~意向表明書の提示)】

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一般的な買収プロセス

⑤ 意向表明書の提示・デューデリジェンス

 対象会社への初期的なアプローチの機会を得たのち、実際にディールに進むか否かは、対象会社のステータスによって決まるため、なんとも言えない。少なからず、対象会社のオーナーや大株主に売却意向があることは前提となるが、社会的情勢や市場動向、業績推移によって買収金額の目線感が大きく異なるからである。当然株主は、高い金額で売り抜けたいと考えるし、交渉の優位性を保つ意味でも、「引く手あまたの優良物件」として、振る舞いたいと考える。また、比較的規模の小さい案件になると、ディールに進む上での社内体制の確保に時間を要する場合もあるようだ。以降の交渉については、その性質上、F2Fで行われるべき内容も多く、今回のようなコロナ禍の状況では、一旦ペンディングとなった事例も多いと聞く。

 バイサイドとしては、実際のディールに進むまでに「空白の時間」ができてしまうことになるが、他の並行検討案件のアプローチを進めつつ、セルサイド(対象会社や売り手FAなど)とのコミュニケーションはつなぎとめておくことが肝要である。私の経験上、初回面談時は、売却意向がないと明言をしていたものの、こちらの提案が買収金額まで提示した内容でかつその金額感も、過去案件よりも目線感が高かったため、連休明けに実際の交渉について、先方が動いたという案件もあった。バイサイドでは、各方面から不確定情報を含めて先方の状況を伺うことができるものの、実際のところはその内情を窺い知ることは難しく、これが「水物」であると云われる所以である。

 晴れてディールに進むことが決定した場合、セルサイドから対象会社の詳細資料をパッケージした「Information Memorandum(IM)」が提示され、その内容に則り以降のプロセスに進むか否かを提示することが求められる。その際、バイサイドでは「意向表明書(LOI)」の作成に取り組むことになる。LOIは、その名の通り、セルサイドに対し、対象会社への買収意向があり、このディールに参加し具体的に交渉を進めていきたいという文書を提出する。あらかじめ、その項目については、IMの中で指示があったり、先方のドラフトが提示されたりして、その内容に則って記載するのが常である。主な項目としては、以下のものである。

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意向表明書のサンプル

(1)買い手の会社概要

 掲題の通り、先方へこちらの概略を提示する。簡単な沿革や事業内容、上場市場について触れることが多い。

 

(2)本件実行の意義

 今回の取引によって期待する買収意義の提示をする。対象会社への理解と、それを踏まえたピンポイントかつフィージビリティの高いシナジー創出ポイント、双方のメリット、将来的なビジョンを付すことが多い。いずれも、初回面談時の内容を反映し、先方にとってキャッチ―なものとなるよう心掛けたい。

 

(3)想定ストラクチャー

 株式の何%をどのように取得するかを記載する。通常は、経営権の取得を前提とするため、51%以上または全株式を現株主の誰から取得するかを記載する。また、その際の資金調達方法(自己資金or銀行借入など)についても付しておく。レバレッジをかけるために借入によって調達する場合、ディールプロセスについても、スケジュールが後ろ倒しになったり、銀行から財務コベナンツ条項を課されたりする場合もあり、これらは売り手へも影響があるためである。

 

(4)初期的なバリュエーションの算出とその前提条件

 現段階での買収金額および先方株式価値の提示と、その算出条件について記す。本件の意義と併せて、先方が最も注目するポイントである。

まず、買収金額については、こちらがどういう企業価値の評価方法を用いるかによるが、マルチプル法でもDCF法でも、公開されているある時点での財務情報を基にした金額を提示する(分かりやすいのは、直近期のBS/PLを参照にすることが多い)。この際、最終的に株主に帰属する株式価値(株主が受け取れる想定の金額)についても、同時点のBSを参照し、現預金と有利子負債の額を算出し、触れておくことが賢明である。

 この買収金額は、当然のちのDDによって財務状況を詳らかにした上でアップデートされるものであるが、ここの基本的な目線感の合意をもってプロセスが進んでいく。そのため、現時点の算出条件についても併せて記載しておきたい。特に、現時点で開示されているPL上や、将来的なプロジェクションにおけるEBITDA水準や、運転資金の適正な引継ぎなどを盛り込むことが多い。この他に本件実行条件と併せて、監査済みの会計書類の提示、商標権・知的資産の維持、取引先との契約の維持および不当な契約の有無、財務情報の正確性・適法性、投資判断に影響を及ぼす情報の欠落がないことなど、先方との面談も踏まえながら設定していく。

 

(5)運営方針

 本件実行後のマネジメント方針を提示する。売り手によっては、ある程度の独立性の担保や、現役員陣の処遇について非常に関心を抱かれる(つまりよりよい条件でないと首を縦に振らない)。基本的には、こちらの意向を明確に伝えた方がよく、のちの交渉においてもスムーズに進行していくために、論点は洗い出しておくことが望ましい。主な論点としては、買い手企業からの取締役派遣、現従業員の継続雇用、現役員陣の取引後の処遇(継続的に経営に参画してもらう場合は、年間の役員報酬の提示、退任してもらう場合はその時期と退職慰労金などについても触れておく)、商号の変更もしくは継続使用についてである。

 

(6)スケジュール

 ディールのスケジュール感を提示する。前もって先方から提示されることも多いが、こちらの体制も加味して想定スケジュールを引こう。一般的には4~5週間のDDから始まり、それぞれ1週間ずつで譲渡契約書案の提示、役会承認と譲渡契約の締結、株式譲受・クロージングを設定する。

 

(7)秘密保持

 一般的なNDAについての内容を簡略化した、本件における情報開示に関する文書が提示されることが多い。

 

 上記の意向表明書は、買収プロセスの参加意向を示すものであるが、特に法的拘束力を持つものではなく、DDの中で、各論点を検証し、法的拘束力を持つ「譲渡契約書」の前段階の文書としての性質を持つ。

 意向表明書を受け取ったセルサイドは、内容を検証し、自分たちの要望に沿うものか、提案金額は妥当か、買収意向の企業にリスクはないかを検証し、交渉権を付与するか否かを判断することになる。

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M&Aの手続方法

 この際、複数社からの買収意向(競合)が存在する場合は、それぞれの条件を比較検討した上で、交渉権の付与先を考えることになる。その後、1社のみに独占交渉権を付与する場合(相対取引)と、複数社並行してDDを進めさせる入札方式(オークション、ビット、コンペともいう)を採用する場合がある。いずれの場合においても、金額をはじめとしてそれぞれの条件を精査した上で選定されるため(必ずしも最高金額の入札者が落札者となるわけではない)、この意向表明の段階から競合の存在が確認できる場合、一定程度優位性を確保できる好条件を提示する必要がある。競合の社名・提示条件については、当然明らかにされないため、最終的な譲渡契約まで、非常にタクティカルな面が際立つ。FA等を含めた利害関係から、オフレコで情報がもたらされたり、ラストルックの機会が与えられたりはあるようだが、それを信用するか否かは別問題。先方や関係者の思惑を読み取り、自社が当て馬とならないように、立ち居ふるまわなければならない。買収担当者にとっては、非常に神経が磨り減るプロセスであろう。

 

 次回は、ようやくビジネスデューデリジェンスの検証方法について、詳述していきたいと思う。